金櫻神社の御神宝。この水晶玉の加工技術は京都で水晶玉加工販売をしていた玉屋の番頭弥助が水晶買い付けの際、金櫻神社の神官達に伝授したといわれています。
※現物は一般公開されておりません。

金峰山を源とする「荒川」は、隆起した花崗岩山地を悠久の時をかけ浸食し、芸術的ともいえる渓谷美と貴重な水晶をこの地にもたらしました。この「昇仙峡」の険しくも美しい渓谷美は、信仰の場として、また、優れた文芸のモチーフとして古くから人々の心をとらえ、さらに、水晶は山梨県の宝飾産業の基盤を形成し、現代の女性を魅了するジュエリーや、スマートフォンなどの最先端技術に繋がっていきます。
日本遺産は地域の歴史や文化を伝えるために認定する制度です。そして、そのストーリーを成り立たせている寺・神社・町並み・行事などが構成文化財となり、周りの景色や暮らし、伝承などもあわせて継承していきます。
四季ごとに表情を変える自然美が魅力の景勝地です。切り立った岩壁や清らかな川がつくる迫力ある景観に加え、遊歩道を歩きながら滝や奇岩を間近に楽しめるのが特徴です。紅葉の名所としても知られ、秋には特に多くの人でにぎわいます。自然をゆっくり味わいたい方や、写真映えする景色を楽しみたい方におすすめのスポットです。

この岩脈は黒富士火山を構成する火山岩類の一つで、昇仙峡の形成に大きく関わっています。何万年も続いた火山活動の歴史を語りかけてくれる貴重な自然遺産です。
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五丈岩は標高2,599m の金峰山山頂にある巨大な花崗岩で、金櫻神社の本宮となっています。山頂からは、水の信仰に関わる土馬や水晶玉などが発見され、出土品は山梨県立博物館に展示されていて、美しい眺望は、修験者のみならず多くの登山者や写真・文学愛好者をも魅了しています。
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甲斐国の武将武田勝頼が金櫻神社に奉納したと伝えられる本社の宝物のひとつ。金峰山の里宮として建立された金櫻神社が中世以降武田氏をはじめ領主・武将などの厚い加護を受けていたことを今に伝える貴重な資料です。※現物は一般公開されておりません。

住吉蒔絵手箱は、金櫻神社宝物帳に「武田信玄公母堂奉納」とされている本社の宝物のひとつ。また、家紋散蒔絵手箱も武田家ゆかりのものと考えられています。※現物は一般公開されておりません。

金櫻神社の宝物として能面と一連のものです。桃山蒔絵の技術と意匠をいかんなく発揮した優品でとても貴重な品となっています。※現物は一般公開されておりません。
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修験の地である金櫻神社に室町時代から奉納されている民俗芸能。二十六座のうちには修験の所作が随所に認められ、金峰山麓に育った特異性を持ちます。その舞は、今もなお五月の例大祭において、山々の桜・新緑の木々とともに人々を魅了しています。
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昭和59 年(1984)の発掘調査によって発見された金櫻神社の一の鳥居で、鎌倉時代のものです。現在は、駐車場を確保できる甲斐市の総合公園内に、金峰山方向に遥拝できるかたちで移設建立されています。
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金峰山への参拝の道は、江戸時代に「御嶽九筋」と呼ばれる複数の御嶽道(古 道)が整備され、亀沢、吉沢、塚原の3筋は御岳信仰における主要なルートでした。それぞれの道筋には、金峰山五丈岩や金櫻神社へと、古の人々の祈りを繋げた石造物群を今も観ることができます。
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当時の甲斐国と信濃国を結ぶ幹線道路である穂坂路に接道していたのが亀沢、吉沢、塚原の3筋であり、御嶽信仰における主要なルートでした。江戸時代の浮世絵師歌川広重も御嶽古道を歩いて金櫻神社へ参詣し、その折に古道の奇石や景色を描いています。広重が絵にした風景を、今も観ることができる貴重な場所です。
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羅漢寺は大永年間(1521-1527)に創建されたとされ、開基当時は、羅漢寺山の中腹にありましたが、慶安 4 年(1651)に火災で消失しました。その後、新道開削により木造羅漢像とともに現在の場所に再建されました。旧羅漢寺跡には、当時の石組みなど、かつての遺構をみることができます。
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修験道場として開基された羅漢寺に伝わる羅漢像。寺は、昇仙峡を象徴する覚円峰を抱く山に建立され、山の名も羅漢寺山といいます。
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修験道場として開基された羅漢寺に伝わる阿弥陀如来です。
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山岳信仰、御嶽道に残る道祖神。多くの道祖神のほか、道標・巡拝塔が立ち並び、訪ねると江戸時代の巡礼気分を感じとることができます。
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金峰山の里宮として建立された金櫻神社の現存する数少ない摂社のひとつ。今も県内各地の白山崇敬者の拝礼を受けています。
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昇仙峡という呼称以前、御嶽が広く世に知られるきっかけとなった新道を開拓した長田円右衛門。村人を助け、文人画家を招き、遊覧客を接待しました。甲府勤番士にも支えられ、甲府代官所とも連携し、その功績は顕彰碑に刻まれ、昇仙峡の中心の地で今の世も多くの人々にたたえられています。
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金櫻神社の御神宝。この水晶玉の加工技術は京都で水晶玉加工販売をしていた玉屋の番頭弥助が水晶買い付けの際、金櫻神社の神官達に伝授したといわれています。
※現物は一般公開されておりません。
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天暦9年(955年)空也上人開創と伝えられています。湯村温泉郷にあり、湯治・療養・観光・登山等、信仰厚い厄除け地蔵尊をお守りします。毎年 2 月 13 日正午から 14 日に開かれる「厄除け地蔵尊祭り」には県内外から大勢の人々で賑わいます。古くから地域の信仰、湯村観光の要所であります。
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大同3年(808年)弘法大師によって開湯されたのが湯村前身である志麻の湯。志麻の世より信仰され、秋葉権現、大宮さん、湯村温泉郷の守り神である湯谷大権現を合せて祭神とします。なかでも湯谷権現は慶長6年(1601)の検地帳(広瀬家古文書)にも書かれており、中世を今に伝える歴史遺産です。
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江戸の時代から甲府城下には御嶽の水が届けらました。花崗閃緑岩が名水を作り、今も「甲府のおいしい水」として県内外で知られています。本文化財は、昇仙峡の名水を浄水し市民に送り届けていた施設の遺構であり水道近代化のシンボルとして残されていて、なかでも平瀬水源旧事務所は資料館として公開され、水道の歴史を知ることができます。
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かつて水晶を採掘していた黒平地域に伝わる民俗芸能。上黒平、下黒平の二地域で伝承されています。伝承者は鎌倉時代に都から落ちのび住み着いた藤原房秀と伝えられています。
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その昔、黒平の集落の人々は炭を焼き、険しい御嶽古道を通り甲府に売りに来ていました。黒平のキャンプ場から、黒富士への山岳ルートを辿ると、今でもその跡を観ることができます。
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「承久の乱」により順徳天皇が佐渡に流されていた時期に、越後寺泊から金櫻神社へ勅使を使わした折に奉納品を載せた輿です。※見学の際は事前連絡が必要です。055-277-3727(常説寺)

御嶽古道は、甲斐市から甲府市に繋がる歴史的な道(トレイル)で日本遺産の構成文化財です。この道は、古代から中世にかけて多くの修験者が修行のために歩いた道で、金峰山を御神体とする金櫻神社に続く参道としても栄えました。御嶽古道は、自然の美しさと歴史的な遺産を楽しむことができる場所で、道中には奇石や景色が広がり、江戸時代の浮世絵師である歌川広重もこの道を歩きその風景を描いたことでも有名です。古き良き歴史を感じながら御嶽古道トレイル楽しんでみませんか。
御嶽古道の登山コース情報!
1.天神森駐車長潭橋登山口(長潭橋)
長潭橋登山口~御嶽古道分岐~昇仙峡ロープウェイ(3時間30分)
駐車場:市営天神森駐車場/トイレあり
2.外道登山口
常説寺登山口~御嶽古道分岐~昇仙峡ロープウェイ(4時間)
駐車場:常説寺駐車場/トイレあり
3.上道登山口
ゆうのう市場付近~御嶽古道分岐~昇仙峡ロープウェイ(4時間30分)
駐車場:クラインガルデン甲斐敷島(ゆうのう市場)/トイレあり
4.金峰山表参道登山口
駐車場:森林浴広場先ゲートにある金峰山表参道駐車場/トイレあり